ん知らん言ふとるだけのことぢや。その言ひ方がもう自慢にしとる。女中が沢山ゐたから知らんといふことがあるか。大騒ぎである。掛物を破り、竹刀《しない》をふり廻し、盛大なもので、実に楽しさうである、ちつとも暗くなく、惨めでない。喧嘩禁止令といふものが発令された際にこの家族はどうなるだらう。家は沈黙の咒《のろい》にみたされ、この家族は枕を並べて厭世自殺をとげるであらう。よそのウチでは喧嘩といふと先づ瀬戸物を投げたり割つたりするさうだけれども、あの音響は甚しく非芸術的で心ある人士の決して好まぬところである。蓋し大井家では春夏秋冬休むことなく口論が行はれ高価なる掛物などが破り去られて行くけれども一枚の皿を割つたといふ話をきかぬ。甚だ奥ゆかしいと言はねばならぬ。
中原中也が文学修業に上京の時にはメンコだのノゾキ眼鏡などボール箱につめて之を大切にいたはり乍らやつて来たが、大井広介はカジノフォリーを始め何万枚のプログラムを秘蔵してそれをみんな暗記し、カクテルブックをこくめいに複写して秘蔵してそれをみんな暗記し浅草の刀屋へ註文して立廻りの竹光や槍を何本となく作らせて毎朝夕の食事毎に食堂で鉢巻しめて立廻り
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