といふのにシャツ一枚のやうな軽装で、娘が縄とびの縄をふり廻しながら飛びだして来たので、噴きだしてしまつたね。ある日、大井夫人が僕に向つて、うちの陣平(長男)は子供のくせに読書が好きで一日に三冊も本を読むので困ります。エラブ鰻だのべーリング海だの私の知らないことまで知つてゐて、あんな厭らしい奴つたら有りませんわ、と大憤慨である。そこへ大井広介が現れて、いや、まつたく、生意気なことばかり知りをつて、彼奴には困るです。忍術使ひの本を読ましてやらうと思つて本屋を探したですけど、近頃忍術使ひの本を売つとらんです。――いやはや、不思議な家族である。このウチでは毎日、否、毎時間、春夏秋冬、口論の絶え間がない。家族達は永遠に口角泡をとばして口論にふけり、来客に遠慮して中止するやうな惨めなことを決してやらぬ。大井広介は来客との対談を突然中止したかと思ふと、遠く離れた部屋の家族に向つて先刻の口論の続きを吠え始め、うちの母は米を炊くことを知らんくせに、それを自慢にしとるです。言語同断です、するとオッカサンが忽ちバタ/\駆けつけてガラリと障子をあけ、何も自慢にするかいな、女中が沢山ゐて米を炊かなんでよかつたけ
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