を訪れたとしたら、担ぎやの頑固ぢぢいは家の子郎党に棍棒を握らせて鏖殺《みなごろ》しにするまでは腹の虫がおさまらないに相違ない。といつて、婚礼帰りのほろ酔ひで寒原の神聖を汚したとなると、歇私的里《ヒステリー》のお峯は悪魔を宿して、初七日を過ぎないうちに借金の催促となり、やがて一聯隊の執達吏が雪ぢかい寒村へおしよせるに違ひない。
誰言ふとなく、学校へ集まれといふ真剣な声が村の一方にあがつた。これは金言のやうに素晴らしい思ひつきの言葉だつた。自分一人の心臓を(いや、胃袋だ!)おさへきれずにゐた幾百万の(とは言へ本当は人口二百三十六名である)村人は、血走つた眼に時雨の糸が殴り込むのを決して構はふとせずに、息をつめて知識の殿堂へ殺到した。遠い山からそれを見ると、勤勉な蟻――物を考へたり声を出したりしないところの、あの怱忙《そうぼう》な行列に酷似してゐた。この適例によつてみれば、屡々《しばしば》人に強要されるところの|時間正しさ《ポンクチュアルテ》と呼ばれるものは、全く一に無類の緊張に由るほかは厳守しがたい美徳の一つであることが分るのである。八方の山陰や谷底から現れた此等の小粒な斑点は実際五分とたたぬうちに一つ残らず校門へ吸ひ込まれたではないか! 村には今わづかに一人の人影を探し出すことも出来ない。そして荒涼たる秋が残つた。
扨《さ》て、この日は丁度日曜日であつた。ところで、日曜日といへば、絶対的に、あるひは必死的にさへ学校へ顔出しを憎むところの誠実な先生達が、やはり必死の意気ごみで駈けつけたといふのは! これは何んとしたことなのだ。
村人は雨天体操場に集合した。そして一瞬場内が蒼白になると、職員室で密議を凝らしてゐた村の顔役と教員がブロンズのデスマスクを顔にして黄昏をともなひながら入場した。まづ演壇へ登つたのは言ふまでもなく校長である。彼は劇しい心痛のせいか、全くのぼせてゐたし、そのうへ細まかく顫へてゐた。といふのは、一つは勿論生れつきではあつたが、一つには生憎寒川家には学齢期の児童がなかつたのに比べて、寒原家には大概の組に子供がゐた。この密接な関係からして、先生達は勿論通夜へ! 然り! 出席する余儀ない立場にあつたのである。
「諸君! 何たることである! (と、斯う言ふ時に彼は早くも力一杯卓子を叩きつけた、が、あまり力がはいりすぎて、とたんに彼は茫然として自分自身の口
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