て良くお分りのことと思ひます。が、婚礼の当日お熊さんが亡くなられた不思議な出来事は已にしつかりした事実であつて、婚礼とお通夜と、生憎この二つは今更どうすることも出来ない。そこで、当面の問題として婚礼もよしお通夜もよしといふ便利な手段を考案しなければならんのである。(と斯う言つたとき満場は殆んど夢心持で同感の動揺を起した)私は斯う考へるのである、諸君! (と、今度はきつい言葉を用ひた)婚礼は男女に関する儀式であつて、これは別に問題はないが、本日の亡者はお熊さんと呼ばれ、寒原半左右衛門の母であり、かつまた故一左右衛門の妻であつた事実からしても、私はこれを女と判断したいのである。とすれば、我が国の淳良な風俗によつても、これは必ず女が通夜に行かねばならん! 亡者が女であるならば、何故女が通夜に行かねばならんか? 何んとなれば、彼女が男であるならば男が行かねばならんからである。かつ又彼女が男であるならば男が行つたに相違ないではないか! しかるに彼女は女であつた。故に女が行かねばならんのである! つまり、わが村の婦人はお通夜へ、わが村の男子は婚礼へ、行かねばならんのである!」
と、斯う結んで彼が降壇するときに、満場の男子は嬉しさのあまり思はず額をたたいたりして発狂するところであつた。が、まだ降りきらないうちに、数名の女教員が一斉に壇上へ殺到した。彼女等は口々に男性を罵りながら、自分一人が演説しやうとして、壇上で激しい揉み合ひをはじめた。満場の男女は総立ちになつて、今にも殺伐な事件が起りさうに見えたのである。もしも賢明な医者が現れなかつたとしたら、このおさまりは果してどうなつたか知れたものではない。
医者――この事件の口火を切つた医者――あの男は、軽率な口がわざわひして此の日は国賊のやうに言はれてゐたが、決して悪い人間ではなかつたのである。注射――もちろん其れもある。併し概してこの場合には、注射それ自身の問題であつて、彼自身としては毫も殺人の意志はなかつた。してみれば彼に全く落度はない。実際彼は善人であつた。そして、医学の方では諦らめてゐたが、医学以外のことでは村のために一肌ぬぎたい切実な良心を持つてゐたのだ。――そこで此の好人物は両手を挙げて騒然たる会場を制しながら壇上へ登つた。つづいて、くねくねした物慣れた手つきで掴み合ひの女教員を引き分けたのである。と、この深刻な手つき
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