は、流石の女傑たちも唖然として力を落してしまふほど、精神的魅力に富んでゐた。そこで彼は踊るやうな腰つきで斯う演説をはじめた。
「みなさん! しづまりたまへ! 不肖医学士が演壇に登りましたぞ! 医学士が登壇したからしづまれ! 安心なさい! (と斯う叫んだが、実は本当の医学士ではなかつたのである)みなさんは医学を尊敬しなければなりません。何んとなれば医学は偉大であるからである。それ故医学者を尊敬しなければならんのである。みなさんは素人であるから、素人は偉くない。不肖は医学士であるから、不肖の言葉は信頼しなければならん。そこで(と、彼は一段声を張りあげた)医学の証明するところによれば、寒原家の亡者は一日ぶん生き返つたのである! (と、斯う言われた聴衆は彼の言葉を突瑳《とっさ》に理解することができなかつた)諸君! 偉大極まる医学によれば、人には往々仮死といふことが行はれると定められてある。今朝お熊さんは死んだ。これは事実である。今、お熊さんは生き返つた。これも事実である。明日、お熊さんは死ぬのである。これまた事実以外の何物でもあり得ない。諸君、医学は偉大であるから医学を疑ぐつてはならない。だから医学者を尊敬しなければならん。亡者は一日ぶん生き返つた! お通夜は明晩まで延期しなければならんのである!」
おそらく我が国で医学の偉大さを最も痛切に味つた者は、この時の村人たちに違ひない。すすりなく者もあつた。よろめく者もあつた。校長は、「おお、偉大な、尊敬すべき……」と斯う叫んだまま、医者の手に噛みついて慟哭した。そこで、喜びに熱狂した群衆はお熊さんの蘇生を知らせに寒原家へ練りだした――が、この珍らしい医学的現象の結果、寒原半左右衛門は果してどうなつたか?
「お峯や――」と、一方、それから十分ののちだが、寒原半左右衛門は門のざわめきに吃驚《びっくり》して女房に言ひかけた。「今時分からお通夜の衆が来られたわけではあるまいな。晩飯を出すとなると――わしは別にかまひはしないけれど、ねえ、お峯や……」
「わたしや知りませんよ! わたしや此家《ここ》の御主人様ではございませんからね! 出さうと出すまいと、あんたの胸一つですよ!」
と、斯う言つてゐるうちに、騒がしいざわめきは庭一杯にぎつしりつまつてゐたのである。「万歳」といふ声もあつた。「お目出度う」と言ふものもあつた。中には、「偉大なる
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