ん訪れてきても、地上に友達を持たないやうに必ず一人きりだつた。これは草吉がまたさうだつたのだ。さうして二人は友達になつた。
当太郎が好きな女は忍と同じ年輩の、店の名前をマリヤといふ当時二十三歳の文学少女くづれだつた。骨のやうに瘠せてはゐたが病的に旺盛な性慾をもてあましてゐる女で、その女の一切の悲願が性慾の二字に尽くされてゐることを、黒くよごれた眼のまわりと猛禽の鋭い眼付によつて、隠すことなくむきだしてゐた。マリヤも自らの言葉によつて、それを言ひきつてゐたのだ。客の間に誰言ふとなく彼女を山猫と称ぶ習慣がついてゐたが、これは極めて適切にマリヤの内外全ての実相を言ひ当ててゐた。
こんな処に働いてゐる女達は、我々が卑小な現実をより以上に高めやうとあせるところの多くは空しい企てにとつて、全く縁がないのだつた。建設的な労力、無窮の精神史が探究に疲れてきた貴重な真理、さういふものは彼女等に全く無用なのだ。彼女等はそんなものに見向きもしないし何も知らない。然し我々の実相を、その最も肉体的な、原始的な、本能的な角度から眺める限りに於て、余言をさしはさむ余地のない適切を洞破するものも彼女等だつた。
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