肉体を超えたところに自らの真実の根をおろしたいと焦せるところの若々しい真剣な懊悩、さうしてその懊悩に青ざめきつた若者の不羈独立の魂は、肉体に全てを賭けて身ぢろぎもしない彼女等の前に現れるとき、往々全ての理想を地に砕かれ、絶望の安息を感じることがある。当太郎がさうだつた。
彼は山猫に一種の救ひを感じたのだらう。さうして、その山猫と二本の材木のやうに重なりあひ絡みあつて沈湎するところの暗黒の行に一層の救ひを空想した。ところが山猫に惚れてしまふと、相手は肉を売る商売女に拘らず、当太郎は女に言ひよる大事な度胸がなくなつたのだ。これは奇妙な話だつた。
山猫に惚れてしまつた当太郎は、どういふ複雑な思ひつきからきたものか、身体の八方に繃帯をまき、重病人の風態をして通ひはじめた。左腕は首につるし、右足は仰山にびつこをひき、竹の杖に縋りながら奇妙奇天烈な腰つきをして、ひどい渋面をつくりながら街を通つてくるのである。それが毎日のことだつた。あとで判つたところによると、当太郎は微塵も怪我をしてゐないのだ。
酒場へくると山猫には見向きもしないで、他の女と凄く真面目に話しこんだ。その女と毎晩泊つて、たうと
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