に歩みより、炬燵にもたれてぼんやりと頁をめくつてゐるまさ子の弱々しい肩の上から手をかけて、至極力のこもらない静かな動作をもつてだきすくめた。狂暴な情慾がそのとき鮮明に閃きたつのを意識したが、同時に何物かを訝かるやうな暗い澱みを心に感じた。ところが斯様に切迫した一瞬間の閃きの中に、つづいてこの薄暗く澱んだ疑心を甚しく憎もうとする、まことに強烈な祈りをも意識した。とはいへ、已にいけにえを弄ぶやうに、まさ子を荒々しくみまもつた。
 まさ子の顔はひきしまつた。単純に苦しげな表情もあらはれた。ところがやがて全ての心が失はれてしまつたやうな、まつたく空虚な疲れきつた顔付になつた。さうして、逆らはふとしなかつた。
 翌日になつて、まさ子は言つた。
「お兄さんだけで沢山だつたわ! つくづく厭だと思ふのに……」
 青白い顔であつた。さうして、諦らめきつた微笑を浮かべて呟いたのだつた。
 夕刻近い時間になつて、東京から知らせが来た。新潟市のとある旅籠《はたご》の一室に於て、当太郎が毒薬自殺をとげた、といふ知らせであつた。
 発見は朝のことだが、書き残した住所氏名によつて、知らせは先づ東京へ発せられ、東京か
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