いて急ぐものとしか思はれなかつた。
 さめてゐるのか、眠つてゐるのか、朦朧として分ちがたいやうな大いなる虚しさもあつて、そこには旅愁がひろびろと漂ふてゐた。肉慾とは違つた場所に、裏日本の潮風につながるやうな暗愁が、暗く、うねりの高い海のやうにひろがり、狂ほしく疼く肉慾を悲しいものに思はせたりした。
 ――それもくされ縁だらう…………
 草吉は全てを憎み咒《のろ》ふやうに、また、切に軽蔑するもののやうに、心に荒々しく叫んだりした。
 翌日の早朝、宮内《みやうち》で乗換え、まぢかに海の見える停車場で降りた。そこが鯨波だつた。宮内あたりまでは目覚ましい積雪が視界を掩ふてゐたのだが、海へ近づくにつれて雪は次第にすくなくなり、鯨波では殆んど雪を見ることができなくなつた。荒れ走る狂暴な海風のために、雪は海に近いところへ余り積もることができない。山間地方へ運ばれて丈余の積雪となるのであつた。「荒海や佐渡に横たふ天の河」の句は、ちやうどこの海に近いあたりで芭蕉の詠んだものであつた。
 宿へ着いてきてみると、ちやうど当太郎は朝食を終つて、海辺へ散歩にでかけたあとと分つた。二人も直ちに海へでた。
 苦るし
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