力をふるつちやうのよ。女中の被害者も相当あつたわ」
列車のなかで、まさ子は疲れきつた微笑を浮かべながら、そんな話もした。
「親父が悪いのよ。助平根性と梅毒はうちの血筋なんですわ」
さういふ話をききながら、草吉の眠つたやうな頭には、堪えがたい想念が蠢めきまはるのであつた。まさ子の肉体は、彼の想念の中に於て、もはや着衣をまとうてはゐなかつた。厳烈な北風が鳴り狂ふ屋根の下、さうしてうねりの高い暗い海の波浪の音にとりまかれながら、肉と肉のもつれ、あるひは憎しみと獣心のもつれるであらう暗い夜の寂寥がせまつてくるのだ。俺はけだものになるのだらうと草吉は思ふのだつた。
――他人の自殺…………なんといふ虚しく遠い、殆んど信じることができないやうな、まるで了解もできない空虚な事実がほかにあらうか、と草吉は思ひつづけた。それに比べて蠢めきまはる肉慾の熾烈さは、容積ある熱量となつて、彼の全ての血管をそのとき満してゐることが激しく解るのであつた。日本海岸の侘びしい温泉へ急ぐことが、まさ子の青ざめた傷心を包んだ悲劇的な肉体を、ひときれの思ひやりだにない野獣となつてただ抱きしめるためにのみ、陰惨なる悲願を抱
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