すい静かな微笑を浮かべつづけてゐるのだつた。その微笑のものうさに激しい遠さへ運ばれたやうな草吉は、話の方は殆んどうはのそらに聞きながら、暗い庭の片隅にガサ/\とゆらめいてゐる竹藪のひからびた繁みの音を心にはつきり聞いてゐたのだ。
 その夜の十一時、深夜の列車に身を託して二人は上野を出発した。上野駅には一冬のあひだ雪が訪れてくるのだつた。北国の吹雪の中を走つてきた数々の列車が、屋根に窓にかたまりついた雪をつけて並んでゐるのだ。二人をのせた深夜の車は、赤城の麓を通るころから雪の上を走りはじめ、上越連峰の真下をくぐり、土合《どあい》や土樽《つちたる》や石打《いしうち》や積雪量の最も深い雪の下をくぐりつづけて行く車だつた。深夜のために、その雪も見えなかつた。
「あたしのお友達で、うちへ遊びに来てゐるうちに、お兄さんに強姦された人が三四人はあるんですわ。べつに強姦しなくつたつて、うちあければ恋人ぐらゐにはなつてくれる人達なんですわ。お兄さんは女と無駄話をするのが巧いから、あたしのお友達が、あたしよりもお兄さんの仲良しになつてしまふんです。すつかり仲良しになつちやつておいて、順調に話をつけずに、暴
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