た。まさ子の話はかうであつた。
 あの翌日当太郎は旅にでた。こんどは北国の旅だつた。越後の鯨波《くじらなみ》といふ、日本海に面した名もない町へでかけたのだ。着いた日は海も見えない吹雪だつたといふ。便りの冒頭にそんなことが書いてあるのだ。ところがその便りを読むと、遺書としか思へぬところがあるのだつた。さういふわけで、その晩の夜行列車でまさ子が鯨波へでかけることにきまつたが、当太郎の自殺に限つて家族の手にあはないので、草吉にも同道して欲しいと言ふのであつた。その話のあひだも、まさ子は静かな微笑を浮べつづけてゐた。
「どうせ一度はやりとげてしまふんですわ。度々のことですもの。あきらめてゐるんですけど、できるだけはとめたいんです。とめてみてもはじまらないと思ふことも度々だわ。こんども、はつきり遺書つてほどぢやないんですけど、文面の感じで言ふと、落付いてのんびり温泉にでもつかつて、そのうち気がむいたとき死んでみやうかといつたやうな、そんな感じなんですの。のつぴきならない暗さなんです。莫迦々々しいやうなものですけど、一応はでかけてみずにゐられませんもの」
 とまさ子は言つた。こんな話のあひだも、う
前へ 次へ
全43ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング