へて高い叫びをあげながら笑ひだした。ところが笑ひの途中から、急に顔を掩ひ隠して、絹をさくやうに泣きだしてしまつたのだ。
「あたしはとても不幸だわ」
 と、弥生は欷泣《すすりな》きながら言つた。
「あたしのほんとの悲しい気持は誰にも分つてもらへないわ……」
 ところがまもなく泣きやんでしまふと、忽ち浮き浮きと笑ひはじめ、「ふん、ヒステリーだよ」と何の翳もない無邪気な両眼を輝やかせながら呟いてゐるのだ。
「さうだ! 俺が考へてきたとほりだよ。全くそつくりそのままなんだ!」
 と当太郎は喜悦にみちた声で叫んだ。
「ちやうどこんな愉快な会話、たのしい一夜を想像しながら遊びに来たのだよ。すると、そつくり想像のとほりなのだ。まるで思ひのこすことがないくらゐ、気持がはればれしてしまつたのだ。これで気持よく家へ帰つて休むことができるんだよ」
「藪さん、泊つてもいいわよ。さつきはちよつとおどかしただけよ」
 と忍が言つたが、うちでも心配してゐるからと言つて、やがて当太郎は立上つた。
「俺もすこし歩いてみやう……」
 草吉は朦朧と立上つた。
 なにか虚しい霧雨のやうな屈託が降りしきつてゐて、それまでは物を
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