もなんともないぢやないか。君は俺を好いてるわけでもなんでもないんだ。それでいいんだよ。だけど、俺がここへ来たのは、君の顔を見たい気持が多かつたのさ」
「さうよ、さうよ。あたしは藪さんが好きなわけぢやないのよ。だけど――藪さんはよく分つてゐるわ! さうよ。ほんとに完全に好きぢやないわ。藪さんがあたしのハズだなんて、考へただけでも笑ひたいことなんだわ」
弥生は白痴のやうな単純そのものの喜悦を眼にみなぎらし、情熱のこもつた甲高い声で叫びつづけた。
「でも、ほんとに藪さんはよく分つてゐるわ! あたしね、藪さんが来てくれないつて、わあん/\泣きだしちやつたのよ。そりや、ほんとよ! 藪さんの来てくれないのが確かに淋しかつたのよ。だけど藪さんが好きなわけぢやなかつたの。でも藪さんがやつてきたら、しよつちうあたしを好いてるやうに仕向けやうと考へてゐたわ。相当のことを考へてゐたのよ」
「さうさ。そんなことは白状しなくつたつて分つてゐますよ。子供のくせに一人前の女ぶつて、今からそんな風ぢや、困りもんですよ。だけどすつかり白状するところは、あんたもすこし可笑しいよ」
「さうなのよ……」
弥生は袂に口を押
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