であつた。
「お兄さん! 行つちやいけないわ! 死んぢやうよ! 殺されちやうよ!」
まさ子は前へ立ちふさがつて当太郎の手をとつた。
「草吉さんはお兄さんを殺してしまふんです。お兄さんを行かせないで下さい! 身体のことばかりぢやないんです。頭も弱つてるんですよ。お兄さんは昨日から一睡もとらないんです。それにこの三四ヶ月色々の意味で衰弱が深まつてゐるのです。さういふあとには怖ろしいことが起るのよ。草吉さんはお兄さんを理解してゐないんです。お兄さんの仮面の下の神経の弱さが分らないんです」
「心配することはないんだよ」と当太郎は妹に言つた。言ひながら彼は顔をあからめた。
「この人には理解が必要でないのだ。全く同質のものが通じてゐるからなのだ。心配することはないんだよ。それほど疲れてゐるわけではないのだ」
「お兄さんは帰らないつもりでせう?」と娘は激しい声で言つた。
「帰つてくるよ」
「いいのよ! いいのよ! 帰つてこなくつともいいのよ!」
まさ子の顔は蒼白になつてひきしまつた。彼女はヒステリックに肩をふつて叫んだ。
「いいのよ! 自殺するなら自殺してしまひなさいよ!」
彼女は突然袂をとり
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