はだうして生きてゐるのだらう? 俺は自殺の資格さへないと考へるときでも、君くらゐ死のほかに道の残されてゐない人を見出すことはできないやうな気がするのだ」
 彼は突然眼を輝やかして草吉を見凝めながら、幾分息をはづませて言ひだした。
「君は夜道の街燈なんだよ。一途に何かを照さうとしてゐる、なるほどうるんでぼんやりと光芒をさしのばす。然し結局君を包む夜の方が文句なしに遥かで大きい。君を見るたびに街燈の青ざめた悲しさを思ひだすのだ」
「俺は生きたいために死にたいと思はない。自殺は悪徳だと思つてゐる。俺の朦朧とした退屈きはまる時間の中でも、実感をもつて自殺を思ひだしたことは三十年の生涯に恐らく一度もなかつたのだ」
 と、草吉はいましめるやうな静かさで言つた。当太郎は暫く俯向いて黙然としたが、然し全く反抗の気勢は示さなかつた。やがて顔をあげると、小児のやうな弱々しい微笑を浮べて草吉を見凝めながら、
「然し君の方が俺よりも死にたがつてゐるのだよ」と呟いた。
「無意味だ」と草吉は棄てるやうに呟いた。
 二人が襖をあけて出やうとすると、隣室の襖が開け放たれて、小柄な娘が叫びながら走りでてきた。妹のまさ子
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