実の姿を探していいのか分らなくなつてしまふのだつた。
 その夜草吉が訪ねてみると、当太郎は病気と称して前日から寝床の中に暮してゐた。二階の部屋へ通つてみると、読みちらした書物や、書きなぐつた紙が寝床の四方に散乱しており、当太郎は疲れきつてゐた。両頬はげつそり落ち、額はやつれ、肢体も目立つて瘠せたやうに思はれたが、二つの眼だけ狂つた獣のやうに光つてゐた。草吉の住居から立ち戻つて以来、一睡もとらずに書いたり読んだりしてゐたのだと言つた。
 草吉は用件を手短かに物語つた。草吉の心はその用件に殆んど興味がもてないのだつた。その気配が当太郎の尖つた神経にもうつつたのか、彼も亦興味のもてない顔付をしてきいてゐたが、然し同道する、と即座に答へた。
「ゆふべからズッと君へ手紙を書かうとしてたんだよ。分りかけたやうな気持だけして、その実正体のつかめない色々のことが、手紙でも書いてるうちにヒョッとして突きとめることができやしないかと考へたのだ。ところが書きだしてみると、疑ぐる必要のなかつたことまで、みんな嘘つぱちにみえてきたのだ」
 当太郎は立ちあがつてから、何か考へだすやうな様子をしながら言つた。
「君
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