不快とよぶほどの映像ではなかつたのだが、然し草吉はそれらのものを考へまいとして、目覚めた瞬間の心の中で美くしい風景を思ひださうとすることもあつた。ひろい海原もみえるのだつた。はるかな山岳も映るのだ。雲も、曠野も、異国の街も、押しつけがましく入れ換り立ち換りに現れてくるが、悲しさを脱ぎすてたやうな気持にはならない。
その未明おのづと草吉が目を覚して暫くの時がすぎたとき、ほのかな一ときれの白が空の奥手に浮かびでたやうな気配がした。気配はしたがそれは草吉の気のせゐであつた。実際は明るくなつてゐなかつた。然し夜明けが近づいたと彼は改めて明確に意識したのだ。さうして起きて机に向はうと考へた。そこで起きる動作にとりかからうとする身構えの途中で、彼の意識は始めて藪小路当太郎の存在にひつかかつたのであつた。当太郎はゆふべから草吉の家へ遊びにきて、彼の隣席にねむつてゐる筈であつた。
客のねむりを妨げはしないかといふ思ひつきから、草吉は立ち上る姿勢の途中で電燈をつけることに躊躇を覚え、そこで暫く身動きを失つた。ところが立ち上つてしまつたときには、投げやりなくらゐアッサリと電燈をつけてしまつてゐた。なる
前へ
次へ
全43ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング