ひつかけ、素足に靴をつつかけたまま、朝食も終らないうちに散歩にとびだしてしまつた。
 午すぎてから当太郎はめざめた。顔は激しく憔悴してゐたが、ふだんと変りない気楽な様子で、目覚めると間もなく帰つていつた。

[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]

 その翌日のことだつた。夕食の時間までは何事もなかつた。
 黝《くろ》ずんだ電燈の下で夕食も終ると、一日の心がやうやく帰つてきたやうな、遠い疲れと放心がわかるのだつた。すると、その時までは何の別状も見えなかつた弥生が、突然部屋の片隅ではりさけるやうに泣きだした。あまりにだしぬけなことであり、そのうへすさまじい泣声だつた。
「どうして藪さんは来てくれないの! こんなにあたしが待つてゐるのに!」
 と弥生は叫んだ。
 その時まではなんの涙やら皆目見当のつかなかつた草吉と忍は、その言葉でやうやくわけが分つてきた。弥生は当太郎の訪れを終日心ひそかに待ちわびてゐたのだ。夕食も終り、夜も落ち、どうやらその日は姿を見せさうもないと決まつてしまふと、たまらない気持になつたのだつた。然しかう判つてみても、この出来事は思ひもよらないものであつた。
 当太郎がは
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