きとつてくれ。俺もすこし睡むりたいのだ」
然し三尺四方の床の上へ一杯ひろがつた形は、依然微動もしなかつた。そのまま数秒の時が流れた。彼は突然もく/\と起きあがりはじめた。起きあがつてしまふと、羽目板に両手を支え、暫く俯向いて目をつぶつてゐたが、
「お午《ひる》までねむらせてくれ」
と独話のやうに呟いておいて、急に振向いて、手探りでもするやうな恰好で動きはじめた。人々の顔は目につかないのか、その方には目をくれず、二階の寝床へあがつて行かうとした。
「顔を拭いて――」
と忍の叫ぶ声なぞも耳にはいらぬのであらう、ただ夕空の蟇のやうに階段を這ひ登つていつた。草吉はその後ろからついていつたが、汚いものをつけたのか、汚物を漏らしたのか、とにかく悪臭の堪えがたいものがあり、それが草吉の朦朧と痺れた頭に、人の死生喜怒哀楽は汚物の悪臭芬々たるが如く卑小にして醜しといふ感を与へた。
当太郎は二階へ登ると、いきなり寝床へころがりこみ、頭からすつぽり蒲団を被つた。然し草吉が一緒に登つてきたことを知ると、
「しくじつたよ。もうだめだ。もう死ねないよ……」
と蒲団の下から先刻と同じ言葉をもらした。ほんと
前へ
次へ
全43ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング