と、口からか鼻からか流れ出たものが下の方にたまつてゐて、涙も流れてゐたし、顔は一面によごれてゐた。血のやうな黒いものも流れてゐた。ことぎれてゐるのだらうか? とにかく医者をよばう。……その考へが草吉の心に蘇みがへつたとき、同じ思ひを更に激しい恐怖と共に思ひだした二人の女は、両の眼をまとまりなく光らしてゐるばかりで、化石してゐるのだ。暫時さういふ沈黙がつづいたとき、下一杯にひろがつた形が、ねぢまげた顔のあたりから動きはじめたのであつた。
 当太郎は生き返つた。意識を失つてゐたのだつた。
「生きてゐるんだよ」
 と、自分を看まもる人々に教へるやうに、彼は嗄れた声で呻いた。然しいくらか動かしかけた頭も元の場所へ再びぐつたりもぐしてしまつて、一杯ひろがつた形のまま、また動かなくなつてしまつた。
「しくじつた! もう死ねない!」
 と、彼はつづけさまに呻いた。
「君達が起きる前から正気づいてゐたのだ。君達が来てからのことも、みんな分つてゐたのだ。すこし睡むいのだ。いろ/\のことが分りかけたやうな気がしたんだよ。それももう分らなくなつてしまつたやうだ。とにかく、もう大丈夫なんだ。心配せずに寝床へひ
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