いたが、特に舞いがすばらしい。しかも絶世の美女であり、世にこれほど妙なる女があろうかと鎌倉の武士連中、つまり当時の独裁政府の御歴々に大評判の麗人であった。しかし、いかほど教養が高く、何不自由なく育ったといっても、その教養も不足のなさもまた白拍子の定めゆえで、一生の宿命はどうすることもできない。呼ばれれば客の席へも出なければならず、特別の上客にはその枕席にも侍らなければならない。
 虎にとってはまことに悲しい生活で、なんとも汚らわしく腹立たしい日々に、たまたま曾我十郎という恋人を得て、人生の希望を知ることができるようになった。とかく女に無責任な十郎だったが、この虎にはゾッコン参ったのである。たがいに堅く二世《にせ》を誓い合って、放しませぬ離れませぬと熱々の間柄である。
「この虎という女だけはオレが心から愛しているのだから、お前も今度は夜逃げをしなくとも大丈夫だ」
「そうかも知れないね。いつも女が後になってオレに知れるが、今度は先に知れたからね」
「客席にでるのが辛いから早く結婚してくれと実は目下せがまれてな」
「もう分ったよ」
「どうもお前は木石でいかんな」
 大磯の宿へはいってくると、
前へ 次へ
全20ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング