代の最善をつくし、誰もギセイにならずに、すこしづつ良くなる。さうしてバトンを渡す。
 我々が千年万年、否、人間最後の理想社会などといふものを設定し、今すぐそれを作らうなどと血を流すのはバカも極まる話で、未来の人々は未来に於てそれぞれ自らの工夫を施すに相違なく、そのぶんまで我々がするなどは未来へのボートク、人間へのボートク、人間の進歩といふものに対して無智モーマイなナンセンスにすぎないのである。
 社会生活の根本的な不変の憲章などといふものは天皇制でも民主々義でもない。人間は各人が各人の時代にしか生きてゐないといふこと、だから各人は各人の時代に於て、少々づつの改良を施し進歩をはかり、自分の幸福のために一時を耐へ忍んでも、後世の人のために耐へる必要はない。否、後世のために耐へたり妙なオセッカイをしようとするからムリとなり破綻する。さういふことだけが根本的な原則で、天皇制とか民主々義は枝葉のこと、この原則さへ確立してをれば、人間の平和と進歩に間違ひのあるべき筈はない。
 国語審議会の新カナヅカイは決して言語革命とか、最後案とかいふのでなしに、暫定的なものゝさらに進歩改良への一段階であるといふ
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