ある。そしてそれは私に於てその逆が真実である如く、父に於ても、その逆が本当の父の心であつたと思ふ。父は悪事のできない男であつた。なぜなら、人に賞揚せられたかつたからである。そしてそのために自分を犠牲にする人であつたと私は思ふ。私自身から割りだして、さう思つたのである。
 私は先づ第一に父のスケールの小さゝを泣きたいほど切なく胸に焼きつけてゐるのだ。父は表面豪放であつたが、実はうんざりするほど小さな律義者でありながら、実は小さな悪党であつたと思ふ。
 私がなぜ殆ど私の無関係なこの老人をスケールの小さゝで胸に焼きつけてゐるかといふと、私は震災のとき、東京にをり、父はもう死床に臥したきり動くことができなかつた。私は地震のときトラムプの一人占ひをやつてゐると、ガタ/\ゆれて壁がトラムプを並べた上へ落ちた。立上つて逃げだすと戸が倒れ、唐紙、障子が倒れ、それをひよろ/\とさけながら庭へ下りると瓦が落ちてくる、私は父を思ひだして寝室へはいると、床の間の鴨居が落ちてをり、そこで父の枕元の長押《なげし》を両手で支へてゐたことを覚えてゐる。
 その翌日であつたと思ふ。私は父に命ぜられて火事見舞に行つた。加
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