藤高明と若槻礼次郎を訪れたのである。若槻礼次郎邸では名刺を置いてきたゞけだつたが、加藤高明のところでは招ぜられて加藤高明に会ひ、一中学生の私に丁重極まる言葉で色々父の容態を質問された。私はもう会話も覚えてをらぬ。全てを忘れてゐるが、私はこの大きな男、まつたく、入道のやうな大坊主で、顔の長くて円くて大きいこと、海坊主のやうな男であつたが、ひどく大袈裟な物々しい男のくせに、私と何の距てもない心の幼さが分るやうであつた。私の父は頑固で物々しく気むづかしく、そのへんの外貌は似たところもあつたが、私の父の方がもつと子供つぽいところがあつた。然し私の父の本当の心は私と通じる幼さは微塵もなかつた。父は大人であつた。夢がなかつた。加藤高明には、妙な幼さが私の心にやにはに通じてきた。私はすぐホッとした気持になつてゐた。そして私の父のスケールの小さゝを痛切に感じたのである。私はそのとき十八であつた。
父は客間に「七不堪」といふ額をかけて愛してゐたが、誰だか中国人の書いたもので、七の字が七と読めずに長の字に見え、誰でも「長く堪へず」と読む。客がさう読んで長居をてれるからをかしいので父は面白がつてゐたが、今
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