力が劣へ、従兄に何目か置かせてゐたのが相先になり、逆に何目か置くやうになつてゐた。白痴は強情であつたが臆病であつた。この別邸の裏は新潟の刑務所だが、碁を打つてお前が負けたら刑務所へ入れるとか、土蔵へ入れると云つて脅かす。白痴の方では何年か前には何目か置かせて打つてゐた自信が今も離れないから、せゝら笑つて(まつたくせゝら笑ふのである。呆れるばかり一徹で強情であつた)やりだすのだが、白痴の方は案に相違、いつも負けてしまふ。はてな、と云つて、石が死にかけてから真剣に考へはじめ、どうして自分が負けるのか原因が分らなくて深刻にあわてはじめる、それが白痴の一徹だから微塵も虚構や余裕がなくて勝つ方の愉しさに察せられるものがある。けれども従兄はそれだけで満足ができないので、本当に土蔵へ入れて一晩鍵をかけておいたり、裏門から刑務所の畑の中に突きだして門を閉ぢたりしたものだ。白痴は一晩ヒイ/\泣いて詫びてゐる。そのくせ懲りずに、翌日になると必ずせゝら笑つてやりだすので、負けて悄然今日だけは土蔵へ入れずに許してくれ、へいつくばつて平あやまりにあやまるあとでせゝら笑つて、本当は負ける筈がないのだと呟いて、首を
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