傾けて考へこんでゐる。
毎晩負けて土蔵へ入れられる辛《つ》らさに、たうとう家出をした。街のゴミタメを漁つて野宿して乞食のやうに生きてをり、どうしても掴まらなくなり、一年ぐらゐ彷徨してゐるうちに、警察の手で精神病院へ送られた。そのときはもう長い放浪で身体が衰弱してをり、冬の暮方、病院で息をひきとつた。
それはまだ暮方で、別邸では一家が炉端で食事を終へたところであつたが、突然突風の音が起つて先づ入口の戸が吹き倒れ、突風は土間を吹きぬけて炉端の戸を倒し、台所から奥へ通じる戸を倒し、いつも白痴がこもつてゐた三畳の戸を倒して、とまつた。すべては瞬間の出来事で、けたゝましい音だけが残つてゐた。それは全くある人間の全身の体力が全力をこめて突き倒し蹴倒して行つたものであり、たゞその姿が風であつて見えないだけの話であつた。そこへ病院から電話で、今白痴が息をひきとつたといふ報せがあつたのである。
私は白痴のゴミタメを漁つて逃げ隠れてゐる姿を見かけたことがあつた。白痴の切なさは私自身の切なさだつた。私も、もしゴミタメをあさり、野に伏し縁の下にもぐりこんで生きてゐられる自信があるなら、家を出たい、青空の
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