てヒステリーとなり全く死を怖れてゐる女であつたが、年老いて、私と和解して後は凡そ死を平然と待ちかまへてゐる太々《ふてぶて》しい老婆であつた。私には死を突き放した太々しさは微塵もなく、凡そ死を怖れる小心だけが全部の私の思ひなのだが、私は然し、母から私へつながつてゐる異常な冷めたさを知つてゐる。
 私の母は凡そ首尾一貫しない女で、非常にケチなくせに非常に豪放で、一銭を惜しむくせに人にポン/\物をやり、一枚の瀬戸物を惜しむ反面、全部の瀬戸物をみんな捨てゝ突然新調したりする、移り気とも違ひ、気分屋とも違ふ、惜しむ時と捨てる時と心につながりがないので、惜しむ時はケチで、捨てる時は豪快で、その両方を関係させずに平然としてゐられる女であつた。人に気前よく物を呉れてやる時にも別に相手の人に愛情はないので、それはそれだけで切り離されてをり、二度目を当にしてももう連絡はないので、今度はひどくケチな反面を見せられてウンザリさせられたりするのである。人のことなど考へてやしないのだ。何でも当然と思つて受け入れる。どうでもいゝやと底で思ひ決してゐるからで、凡そ根柢的に冷めたい人であつた。私の家には書生がたくさんゐ
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