た。今は社長だの重役だの市長だの将軍だのになつてゐるが、みんな親父の人柄はのみこめても、母の人柄は今でも怪物のやうにわけが分らなく思つてゐる。本当は微塵も甘さがない。そのくせ疑ることも知らない。なんでもそのまゝ受け入れる。
 かういふ茫洋たる女だからめつたに思ひつめて憎んだりしないが、二人の継娘と私のことだけは憎んだので、かういふ女に憎まれては、子供の私がほと/\難渋したのは当然であり、私は小学校のときから、家出をしようか自殺しようか、何度も迷つたことがあつた。私が本来ヒネクレた上にもヒネクレたのは当然で、私は小学校の時から一文の金も貰へず何も買つて貰へないので、盗みを覚えた。中学へ行つても一文の小遣ひも貰へない。私は物を持ちだして売り、何でも通帳で買つてヂャン/\人にやつた。欲しくない物まで買つた。私が使ふ為でなく人にやるためだ。人に物をやるのは人に愛されたい為ではなく、母を嘆かせるためで、母に対する反抗からであつた。したがつて、私の胸の真実は常にはりさけるやうであつた。
 私は小学校の時から近眼であつたが、中学へはいつたときは眼鏡なしでは最前列へでても黒板の字が見えない。私の母は眼
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