る時がある。その裏側に何があるかといふと、さういふ時に、実は私はたゞ専一に世間を怖れてゐるのである。私が個々の物、個々の人を突き放す時に、私は世間全体を意識してをり、私は私自身をすら突き放して世間の思惑に身売しようとする。私は父がさうであつたと思ふ。父は私利、栄達をはからなかつたとき、自分を突き放して、実は世間の思惑に身売りしてゐたやうに思ふ。私の親父は田舎政治家の親分であり、そしていゝ気になつてゐた。
★
私の冷めたさの中には、父の冷めたさの外に母からの冷めたさがあつた。私の母方は吉田といふ大地主で、この一族は私にもつながるユダヤ的な鷲鼻をもち、母の兄は眼が青かつた。母の兄はまつたくユダヤの顔で、日本民族の何物にも似てゐなかつた。この鷲鼻の目の青い老人は十歳ぐらゐの私をギラ/\した目でなめるやうに擦り寄つてきて、お前はな、とんでもなく偉くなるかも知れないがな、とんでもなく悪党になるかも知れんぞ、とんでもない悪党に、な、と言つた。私はその薄気味悪さを呪文のやうに覚えてゐる。
私の母は継娘に殺されようとし、又、持病で時々死の恐怖をのぞき、私の子供の頃は死と争つ
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