と試合をしたことがある。クサリ鎌というものは大体に於て鎌の刃渡りが一尺三寸ぐらい。柄が一尺二寸ぐらい。この柄からクサリがつづいていて、クサリの先に分銅がつけてある。之を使う時には、左手に鎌を持ち、右手でクサリのほぼ中程を持ち、右手でクサリの分銅を廻転させる。講談によると、分銅と鎌とで交互に攻撃してくるように言うけれども、これは不可能で、離れている間は分銅はいつ飛んでくるか分らぬが、鎌の方は接近するまで役に立たない。だから離れている時は、分銅にだけ注意すれば良いのである。又、クサリ鎌の特色の中で忘れてはならぬことはクサリの用法で、これを引っぱると棒になるから、之で大刀を受けたり摺《す》り外したり出来るのだそうだ。講談によると、クサリを太刀にまきつけたらもうしめたもので、クサリ鎌使いの方は落着いてジリジリ敵を引寄せるなどと言うけれども、そんな間抜けなクサリ鎌使いはいないそうで、分銅のまきついた瞬間には鎌の方が斬りこんでいるものだそうだ。
 宍戸梅軒は武蔵を見ると分銅を廻転させはじめた。武蔵は五六十歩離れて右手に大刀をぬいてぶらさげたまま暫く分銅の廻転を見ていたが、右手の大刀を左手に持ち変えた。それから右手に小刀を抜いた。武蔵は左ギッチョではないから(肖像を見ると分る)本来だったら右手に大刀、左手は小刀の筈だけれどもこの時は逆になっていることを注意していただきたい。さて武蔵は左右両手ともに上段にふりかぶったのである。そうして、右手の小刀を敵の分銅の廻転に合せて同じ速度で廻しはじめた。こうして廻転の調子を合せながらジリジリと歩み寄って行った。
 梅軒は驚いた。分銅で武蔵の顔面を打つには同じ速度で廻転している小刀が邪魔になる。
邪魔の小刀に分銅をまきつければ、左の大刀が怖しい。やむなくジリジリ後退すると武蔵はジリジリ追うてくる。と、クサリが下へ廻った瞬間に武蔵の小刀が手を離れて梅軒の胸へとんできた。慌てて廻転をみだした時には左手の大刀が延びて梅軒の胸を突きさしていた。梅軒は危く身をそらしたが次の瞬間には頭上から一刀のもとに斬り伏せられていたのである。この試合には梅軒の弟子が立合っていたが、先生斬らるというので騒ぎかけたとき、武蔵はすでに両刀を持ち直して弟子の中へ斬りこんでいたのであった。
 剣法には固定した型というものはない、というのが武蔵の考えであった。相手に応じて常に変化
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