報をよこし、こういうことが十日間もつゞく青年。手の指を五本斬るから一本について一万円ずつ金をくれ、などゝ、こういう文学青年の訪れは、大方、どの作家も経験があるに相違ない。

 僕が東大神経科の外来で見た十人ほどの患者は、僕の応接間へ現れても不思議ではない人たちが主であった。文士の応接間と精神病院の外来室とは似たようなところだと僕は思った。いっそ応接間の隣へ電気治療室でも造ったら、僕のためにも便利だろう、と苦笑したほどであった。
 そして、僕は思った。僕の応接間でもそうであるが、精神病院の外来室に於ても、患者たちが悩んでいる真実のものは、潜在意識によってではなく、むしろ、激しい祈念と反対の現実のチグハグにある、と見るのが正しいのだ、ということを。
 彼らは、自分の悩んでいるものを知っているのである。たゞ人に言わないだけだ。そして、人に縋ったところで、どうにもならないということを悟り、そういうところから厭人的になり、やがて、神経が消耗してしまう。僕の応接間と、精神病院の外来室との違うところは、外来室に於ては、彼らは自らの意志ではなく、他の人々にすゝめられて来ており、従って、医者に対しては外
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