使用していないという僕の返事に、ちょッと意外な顔をした。
 僕自身発病して入院するまで、フロイドの方法をかなり高く評価していた。然し、入院して後は、突如として、フロイドの方法はダメだという唐突な確信をいだいた。
 大体、分裂病が潜在意識によるかどうかは疑わしいが、僕の場合は、鬱病であり、それにアドルム(催眠薬)中毒の加ったものである。分裂病に比べれば、鬱病には、まだしも、潜在意識の作用はたしかにある。何かゞ抑圧されていることが、病状を悪化させる一つの理由となっていることは確かである。
 東大で鬱病を治療するには、主として持続睡眠療法であり、ほかに電気療法なども用いるらしい。(分裂病にはエンシュリン、電気、或いは脳手術である)

 僕のうけた治療は持続睡眠療法であった。これはある種の催眠薬によって、人工的に一ヶ月ほど昏睡させるものである。この昏睡の期間に、患者は食事をとり、用便をし、時に医者と話を交し、僕の場合は本や新聞を片目をつぶりながら読んでいたりした由であるが、それらのことは全く覚醒後は記憶に残っていない。一ヶ月睡って目覚めた時、一晩睡ったとしか思わない。はじめは、一ヶ月の時日のす
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