むしろ一般人よりも犯罪に縁が遠い、と僕は思った。
精神病というものは、家庭とか、就職先とか、それらのマサツがなければ生じないもので、又、自らに課する戒律がなければ生じないものである。だから、責任ある地位につき、自らに課するに厳なる社会人は概ね精神病者と断定してよろしく、小平のようなのが、むしろ普通人の形態に近似しているのである。
僕が見た外来患者のうちで、僕の応接間で見かけることのない唯一のタイプの患者は、四十七の女であった。服装から判断して、農家の主婦であったかも知れない。彼女は膝と足を紐と手拭《てぬぐい》様のもので二ヶ所縛られ、その夫と思われる者、又、も一人の肉親の一人と思われる青年の二人に抱かれて外来室へ運びこまれてきた。
彼女は幻視を見ているのである。右に天皇が見え、左に観音が見え、彼女はたゞ拝みつゞけているだけで、医者の問いに返答せず、返答するのは夫と思われる男であり、その度に、彼女は怒って、夫を手で振りはらうようにした。
こういう患者は僕の応接間へ現れたことはないが、世間にはかなり多いに相違なく、こういう患者をめぐって、ある種の宗教が発生しているに相違ない。それらの
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