ジャージャー流れていた水の音がようやく止ったのは、神田がズッとシャワーを浴びていたのであろう。
「それ。寒い。寒い。寒い。早く、早く」
 と寒そうな声でせきたてているのはアケミさんだ。タオルでくるんでやっているのだろう。神田は口笛を吹きながら寝室へ駈けこんだらしい。神田を寝室へ送っておいて、アケミさんだけ出てきた。
「先生、シャワーが好きですね」
「そうなのよ。真冬でもやるんですよ。それで皮膚が若々しいのかしら」
 アケミさんの顔が曇った。その顔を隠すようにそらして、
「あなた、電車で、美しいお嬢さん見かけなかった?」
「アッ。それだ。見ましたとも。神社のところまで一しょでしたよ。あの人、誰ですか」
「安川久子さん」
「やっぱりね。すごい美人ですね」
「ええ」
 アケミさんはうかない顔だ。
「どうかしたんですか」
 と文作がきくと、アケミさんは苦笑にまぎらして、
「イエ、なんでもないのよ。ただ先生が待ちかねて、きくものですから。お見えになったら居間へお通ししろッて。湯上りの素ッ裸でせきこんでるわよ」
「ストリップですな」
「ひどいわね」
 そのとき呼鈴が鳴って、安川久子が訪れたのである
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