ことを考えてみたが、神田という生活力の旺盛な作家が無理心中とはすでに変だ。
さらに決定的に奇怪な一事があった。事件の朝、タカ子という女中のところへ、母がキトクだからすぐ帰れという速達がきた。早朝七時に配達され、タカ子は九時ごろでかけた。タカ子の家は汽車で三時間ほどのところであるが、帰宅してみると、母は健在であるばかりか、誰もそのような速達をだした者がなかったのである。
その速達はアケミと木曾も見ていたが、ヘタな字であったという。タカ子は自分の部屋へ置きすてて行ったと云っているが、彼女の部屋からも、またどこからも発見されなかった。
状況的にはこれが最も奇怪な一事であるが、さればと云って、これと他殺がなぜ結びつくかは証明できない。犯人にとって、女中がいると困ることがあったらしいとは考えられるが、なぜ困るかは皆目見当がつかないのである。
しかし、他殺説の法医学者は、こう云っていた。
「すくなくとも神田が生きていたのは十二時五分か十分までである。屍体の状況や解剖の結果、それ以後までは生存は考えることができない。しかるに、十二時五分から十分までのうちに二度電話がかかってきた。ここにも犯人
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