信じられないから、というのが各社だいたいの狙いであるらしい。某紙に至ってはすでに久子を犯人に仕立て、裸体の神田が彼女に襲いかかろうとしたから、かねてそれを予期していた久子は用意のピストルをとりだして神田を射ったときめこんでいる。
「バカバカしい。あの楚々たる美女にそんな器用なことができるものか。洋装にはシミ一ツ、乱れ一ツなかったそうじゃないか。唐手の達人神田兵太郎の襲撃をうけて、そんな器用な応対ができるのは女猿飛佐助ぐらいのものだ」
ともかく彼はすでに百回も神田邸へ日参している。そのうち神田に会うことは極めて少く、概ねただ原稿をうけとりサンドウィッチを食ってくるだけのことであるが、それでも百日の日参となればために神仏の心も動く日数である。近来彼ほど神田邸の門をくぐった者はいないはずだ。
「まず神田という作家の生態を解明する必要がある。それのできそうなのはオレだけだ」
と一応自信タップリ考えこんでみたが、彼が不能者か、男色か、それとも性的に常人であったのか、それだけのことすらも見当がつかない。百日も日参しながら、要するに彼の本当の生活には全くふれていないことが分っただけであった。
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