間が、先生なしでアケミさんと同じ屋根の下で暮せやしないよ。アケミさんの顔を一目みれば分りそうなものだがなア」
「それで結局、良い仲なのかい?」
「僕がウンと云えば日本中の人を思いこませることができるらしいね」
 彼は皮肉な笑いを残して立去った。
 結局容疑者が三人できた。アケミと久子と木曾である。それに対して、文作の証言が甚だ重大な意味をもっことになったのである。ところが文作はうっかり社会部の連中に久子のことを口走ったために、大そうハンモンすることになってしまった。なぜなら、彼の社の新聞は翌日の紙面に久子をほぼ確実な容疑者として大胆に報じているからであった。
『当日午前十一時三十五分駅着の電車で降りたわが社の矢部文作記者は、同じ電車できた安川久子が坂の登り口で大きなハンドバッグの中をのぞいて何か思いつめた様子で考えこんでいるのを見出して話しかけた。
「神田さんへいらッしゃるのですか」
「ええ」
「一しょに参りましょう」
「おかまいなく」
 彼女は冷く答えた。そして、そこからわずかに三分の道を十五分もおくれて到着した久子はアケミにむかえられ突きつめた顔で広間を横切り居間へみちびかれた。十
前へ 次へ
全30ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング