れは長年月納屋の奥に置きすてられた廃品で、峠越えの疎開用には役立たないシロモノであった。金時はかねて目をつけていたのである。修繕すればまだ使えると亮作に教えた。疎開騒ぎで値のでているのは大八車が筆頭だったが、これは法外に安かった。それでも、大八車が結局最高値の買い物であった。買った品々は車いっぱいになってしまった。
「お前、酒すきか」
「うむ。酒が買えるのか」
「オレが造ってやる」
金時は徳利と杯を買い、瓶を二つ買った。亮作は、なんともいえない有難さがこみあげた。天に向って感謝したい思いであった。
「お前も酒すきか」
「オレはのまん。オレは腹いっぱい食うのが好きだ」
最後に魚釣りの道具一式買った。
「畑はオレが一人でする。お前は用がないから、退屈したら、魚釣っとれ」
「そうか。釣れるか」
「釣れるだろう。イヤなら、やめれ」
「やってみる」
やがて、終戦がきた。
亮作はこのような幸福を夢にも描いていなかった。彼は大八車いっぱいの荷物と金時と共に穴ボコの中に生き残り、廃墟へもどって、いち早く耕作して、生活の安定をはかることを希望していた。それだけでも充分に希望を托しうる未来であった
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