先日来、駅との談合で、明朝荷物を送りこむ手筈になってるのです。用意はできていますから、明日の午後、立退きましょう」
「きっとですね」
「むろん、まちがいはありません。それで、あなたは、いつ五千円下さるのです」
「あなたの立退きとひき換えに」
「いえ、いけません。もしもあなたの気持が変ると、私は出発をのばして、買い手を探さねばなりません。私が怖れているのは、疎開の時間がおくれることです。いま、五千円、いただきましょう」
「いえ、それは片手落です」
「おかしいですね。あなたにとっても今日中に一時も早く登記の手続をすませることが大切ですよ。すると、もう、あなたはここの所有者で、安心してよろしいのですよ」
 こうして野口の別荘は亮作のものになった。
 翌日、野口は荷物を駅へ送りこみ、クワ、鎌、鉈、スコップなど野良道具をぶらさげてきて、
「一式百円で買いませんか。大工道具一式、左官のコテまで揃ってますぜ。御不用なら、駅前でセリで売りますがね」
「百円は高い」
「ほんとですか。桶もテンビンも、噴霧器まで揃ってますぜ。どこを探しても農具や大工道具は売ってませんよ。そして、現在これ以上の貴重品はありま
前へ 次へ
全64ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング