まったのである。
 野口はウダツのあがらぬ亮作を拾いあげて会計をまかせた。グズではあるが、悪事をするほどの能もないというところに目をつけてのことだ。サラリーは時の公定価格で、教員よりは良かっただけである。
 野口は親切であったが、キンチャクの紐をゆるめない男であった。そして彼が使用人たちに敬語で話しかけるのはケチンボーをおぎのうためだと言われても仕方がない程度にケチンボーであった。彼は亮作に産報のビールの券や、食券などを与えたが、飲食するには亮作が金を支払わねばならない性質のものであった。人々は(亮作も)それを野口のケチンボーのせいにしたが、そうしないよりは親切であったに相違ない。
 克子の言葉が正しいことを亮作は知っていたのである。野口は日曜ごとに別荘の畑のものやイワシなどを持参してくれて、なんでもないことのように置いていったが、会社での午《ひる》休みのひとときなどに、伊東ですら、一匹のイワシを手に入れることが、すでにどれほど困難であるか、さりげなく言うのであった。
 一度や二度は我慢ができた。しかし、黙っていれば、おそらく毎日くりかえすだろう。
「エンジンのついた船はですね。それが
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