焼玉エンジンですよ。みんな輸送船に徴用されています。若い漁師は戦争に持ってかれ、年寄まで船と一しょに徴用ですよ。それで千人食べられるだけイワシがとれたらフシギですよ」
そこで、とうとう亮作は考え深い人のように顔をあげて言うのであった。
「先日、あちらから来た人にききましたが、網をやってますな。たしか、大謀網《だいぼうあみ》もやってるそうです」
野口はそれが亮作の挑戦であることを見抜くが、微笑を失いはしない。
「あちらッて、どこからの人ですか」
「え、沼津です。遠縁の者が、あそこの工場にいて、時々本社へ上京のたび、私のウチへ寄るのですが」
亮作はおどおどしている。亀の子のように怯えた顔である。今にも甲羅にひッこめそうだが、頑強に言葉をつづけるのである。
「大謀網は、うまくいく時は、ブリが四五万尾はいる。海の魚は無尽蔵ですな」
「沼津の大謀網は初耳ですな。沼津は漁場ではありませんよ」
「いえ、沼津ではないのです。あのへんにちかい漁場での話です」
亮作は泣きそうな断末魔の顔だが、必死に口をうごかす。哀れであるが、シブトく、にくたらしくもある。
野口の顔色が変る。息づかいが、はげしく
前へ
次へ
全64ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング