理にかなった皮肉が、社長からわが身へと移ると、亮作は抵抗を失ってしもうのである。彼の息の根は怒りに止まる。逆上するが、口をつぐんで、うなだれてしもうのである。
亮作と野口は、東京近郊の農村で、小学校の教員をしていたことがあった。野口は教員にあきたらず、事業に手をだして落魄し、チャルメラを吹く中華ソバ屋をやったり、実入りがあるというので、葬儀屋の番頭をやったり、病気上りの馬を安く買って運送屋をやり、馬がコロリと死んだりした。死ぬかも知れないという不安を賭けての仕事だから、諦めはついたが、この馬は死の直前に発狂して、クワッと血走った目をひらいて瀕死の藁床から起き上ると、天へ跳び上るような恰好をした。つまり後肢で立って、前肢を人間の幽霊のように胸に曲げて、クビを蛇がのびるように天へねじあげたのである。そして綱を切ってしまった。馬小屋をとびだし、真一文字に五六町ほど道を走って、バッタリ倒れて、こときれたのである。医者がみたわけではないが、野口は馬の脳膜炎だと人に話した。
その後、小さな町工場をやって、今や首くくりというドタンバに、戦争がはじまった。にわかにトントン拍子となり、成金になってし
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