っしゃるのですか。戦災者特配の毛布は、うけとるべきではなかったですね。なぜ、お貰いになったのですか」
「いえ、それでいいのです」
「なぜですか。せっかくの自然状態を自ら裏切ってやしませんか」
「いえ、いいのです。今に、くれる物もなくなる時がきます。みんな、裸になる時がきます」
「それでも日本が勝ちますか」
「かならず勝ちます。『有る』思想は滅亡すべき性格です。『無』の思想には、敗北はないのです」
「あたりまえですよ。無より悪くはなりっこないにきまってますよ」
「いえ、無が有を亡すのです」
 亮作の弱々しい目に妖光がたまっていた。神がかりの度がひどくなっていくようであった。
 日本の諸都市のバクゲキがあらかた片づいて、夏がきた。
 伊豆半島、特に伊東に敵が上陸してくるというので、気違いじみた騒ぎが起った。上陸に適した地勢で、おまけに鉄道の終点であり、敵はここを基地にして、首都へ東上する、そんな尤もらしい噂が流布して、ここが本土の最初の戦場になることを土地の人々が信じはじめた。
 その流説を裏書するように、一個師団がゴッソリかくれて敵の上陸を待ちぶせることが出来るような洞穴が伊東の四周の山
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