すか。なるほど、タオルはなかったでしょうな。たしかに沐浴のあとでは、からだを天日にかわかしたでしょうな。しかし、失礼ですが、石器時代は貝塚とか云って、物をナマで食べていやしませんか。まア我々の食べ物は調味料もなし、豚のエサで、石器時代以下かも知れませんが、あのころは、また、穴居とも云いましたようですね。鶏小屋は変じゃありませんか。防空壕で起居なさる必要があるでしょう」
 亮作は無言であった。野口は意地わるく追求した。
「さっそく、穴居すべきですよ。防空壕へ住みかえなさい。真の石器時代を体験すべきです。鶏小屋でごまかしては、いけないでしょう」
 亮作は弱々しい笑いをうかべた。すると、口に泡がたまってきた。
「仰有る通りです。でも、急ぐことはありません。自然にそうせざるを得なくなりますから。日本は焦土になります。ここも焼けるか、吹きとぶか、どちらかです。みんな次第に穴居しますよ。ムリにすることはないのです。自然になされた状態に於て、はじめて体験の真理が会得されます」
「ほんとですね」
「むろんです」
「石器時代に毛布やフトンや着物がありましたかね」
「むろん、ないです」
「なぜ着物をきてら
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