々に掘りまくられ、亮作もモッコ運びにかりだされた。
伊東から四方へ走る峠の細道は、家財を運んで本土最初の戦場を逃げる人々でごった返している。別荘の売物が諸方に現れて、ただのように値が下ったが、買い手がない。
野口もあきらめた。本土最初の戦場ではないにしても、東京にちかい太平洋沿岸が修羅場になるのは、おそかれ早かれ必然の運命だ。このへんの山という山、海という海が火をふいて、空という空を弾が走るにきまっている。すべての家も木も吹っとんで、一面にひっくりかえされた土地だけが残る。こんなところに住むのは、自殺するようなものである。
野口は軽井沢に別荘があるから、案外あきらめがよかった。吹きとばされる先に、別荘をうって、軽井沢へひッこむにかぎる。安くても、ただ吹きとばされるよりはマシである。よその別荘は売れなかったが、彼は売りつける自信があった。
いったい亮作は肌身放さぬ包みの中に、いくら持っているのだろうと野口は真剣に考えこんだ。
「梅村さん。私たちは軽井沢へひきあげようと思いますが、どうです、この別荘を買いませんか。土地ぐるみ、温泉ぐるみ、ただの一万。まるで捨てるようですが、あなたに
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