野口の子供たちは、あきれて、目をそらした。
「あなたはフトンも衣類も疎開しなかったのですか」
「いえ、私は、いらないのです。私はひとりぼっちが怖しいのです。夜露をしのぐ屋根さえあれば、たくさんなんです。こんな怖しいところへ、私を見すてないで下さい」
「むろん助け合うことは必要です。しかし、奥さんの疎開先へいらしたら、どうですか。あなたは逆上して、いろんなことを忘れてらッしゃるようですね。屋根だけじゃありませんよ。フトンも、鍋釜もある筈ですよ。奥さんが待っておられますよ。心配しておられるでしょう」
「いえ、私は働かねばなりません。社長に見放されては、生きることができません」
「私の工場は焼けました。伊東にはチッポケな家があるだけです。私は、もう社長ではありません」
「私を見すてないで下さい」
 亮作は狂ったように鳴咽した。
 野口は苦りきって、目をそらしたが、思い返して、つぶやいた。
「とにかく工場の後始末に、私だけは四五日東京に残らなければなりますまい。あなたにも手伝っていただかねばならないことが有るかも知れません。それから先のことは、お互に分りゃしませんよ。私はどこかの工場へ勤
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