めますよ。一工員にすぎません」
 彼はふりむいて、焼跡や防空壕をほじって品物を探しはじめた。

     売買

 亮作は野口にゆるされて鶏小屋にすんだ。床をはり、板で囲った。戦災者の特配品と、人々からの貰い物で、日常の用は最小限度に間にあった。彼は現金を持っていたが、食物以外には一文も使わなかった。タオルを持たなかったので、温泉につかると、からだの乾くまで、浴室にたたずんでいた。野口の家族たちは、彼に同情することや、物を与えることをやめた。
「梅村さん。利用ということを考えてはいかがですか。からだをふくにはタオルでなければならない筈はありません。なにも持たないといっても、全然代用品がないこともありますまい。ほらね。たとえば、あなたは肌身放さず腰にフロシキ包みを巻きつけていらっしゃるでしょう。あのフロシキだって、タオルの代りにはなるでしょう」
 そのフロシキには、かなりの現金がつつまれているらしい。いくらぐらいかしら、と野口の家族は噂していた。野口は言葉をつづけて、亮作をからかった。
「あなたはウチの鉈《なた》でエンピツをけずっていらっしゃいましたね。鉈は叩き割る道具ですが、どうでした
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