あわせです。しッかりしなさい」
険悪な顔、噛みつく声であったが、亮作には、人間味がこもって、きこえた。
すがりつきたい思いであったが、野口の手を握るだけで精一ぱいであった。なつかしさに、胸がはりさけるようだ。彼は鳴咽して、数分は言葉もなかった。
「しッかりしなさい」
野口はやさしく彼の肩に手をかけた。
「私はバカでした」
亮作は、しゃくりあげた。
「そんなことを言っても、どうにもなりゃしませんよ。夥しい屍体を見たでしょう。利巧な人も、たぶん死んでることでしょうよ」
野口は相変らず不キゲンだった。彼は死と闘ったのだ。助かるための努力だけが、怖しい一夜の全部であった。
亮作も死に追いつめられた一夜の恐怖は忘れることができない。しかし、今となっては、生き残った恐怖の方が、まだひどかった。
「私に鶏小屋をかして下さい。私は、すべてのものを失いました。私はバカでした」
亮作は、はげしく、しゃくりあげて、叫びつづけた。
「私をひとりぼっちにしないで下さい。お願いです。考えただけで、息がとまってしまいます。下男でも作男でも、なんでもします。伊東へつれてって下さい。鶏小屋へ住ませて下さい
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