」
「あれを貸していただけませんか」
「鶏小屋を!」
野口は興にかられて亮作を見つめた。
「小さい方の使っていない小屋のことでしょうね」
「むろん、そうですとも。使用中のものを、お願いできるとは思いませんから]
「あの小屋なら、一間の四尺五寸、つまり一坪に足りないのですよ。あれをどうしようと仰有《おっしゃ》るのです」
野口は益々興にかられて亮作を見つめた。そんな目で見つめられると、亮作はナメクジが溶けるように目をすぼめて泣き顔になるのであったが、弱々しい、しかし執拗な抵抗が、また、カマクビをもたげるのである。
「いえ、ナニ、ちょッと本を二千冊ほど疎開させたいのですよ。ほかに金目のものがないわけではありませんが、私は財産を疎開させようなんて、考えちゃおりません。戦争ですから、職域を死守する、私は東京を動きません。一兵卒のつもりです。身辺の家財もうごかしません。死なばもろとも、です。けれども、書籍は文化財ですからな。私のは、特殊な専門図書ですから、金には換算できないものがあるのです。まア、見る人によりけりですがね。焼け残れば、よろこんでくれる人もあるでしょう。そして後世、役立つこともあ
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